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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)3768号 判決 1977年11月09日

原告

川光物産株式会社

右代表者

川井光一郎

右訴訟代理人

真木吉夫

被告

有限会社上総屋

右代表者

松井雪子

右訴訟代理人

小川芙美子

外二名

主文

一  被告は原告に対し、金七万五〇〇〇円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

四  本件請求異議事件について、東京地方裁判所が昭和四八年五月一九日になした強制執行停止決定を取消す。

五  この判決は、主文一、四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告から原告に対する東京高等裁判所昭和四六年(ネ)第三〇六七号建物退去土地明渡請求控訴事件の和解調書に基づく強制執行を許さない。

2  主文第一項同旨

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  右2項について仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  請求異議

(一) 原告と被告との間には、債務名義として請求の趣旨1項記載の和解調書があり、同和解調書には次の和解条項等の記載がある。

(1) 被告は原告に対し、別紙目録の建物のうち二階四畳半一室を除くその余の部屋(以下「本件建物」という。)を明渡すべき義務のあることを認める。

(2) 被告は原告に対し、昭和四七年九月三〇日限り本件建物を明渡す。

(3) 原告は被告に対し、被告が前項の期限までに本件建物を明渡すときは、明渡と引換に立退料として六〇万円を支払う。

(二) 被告は右明渡期日までに右明渡をしなかつたので、原告に対する右立退料支払請求権は発生していない。

(三) よつて、原告は本件債務名義の執行力の排除を求める。

2  賃料請求

(一) 原告は被告に対し、昭和四七年五月一日から同年九月三〇日まで、本件建物を、賃料月額一万五〇〇〇円と定めた従前の賃貸借に引続いて、その使用を許諾していた。

(二) よつて、原告は被告に対し、右五か月分賃料(相当損害金)合計七万五〇〇〇円の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(一) (一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。

(二) 原告主張の和解条項(2)は、原告において立退料を支払わない間は、本件建物明渡義務が生じないとする趣旨である。

また、被告は昭和四七年九月三〇日原告に対し、本件建物を明渡した。

2  請求原因2について

認否なし

三、抗弁(賃料請求について)

1  本件和解調書には、「被告が前記和解条項(2)所定の期限までに明渡をしたときは、本件建物についての昭和四七年五月分以降の賃料は免除する。」との記載がある。

2  被告は原告に対し、右期限に本件建物を明渡した。

四、抗弁に対する認否

1の事実は認め、2の事実は否認する。

第三  証拠<略>

理由

一請求異議について

1  請求原因1の(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  原告の主張によれば、原告の本訴異議の原因は、本件和解条項(3)にいう被告の原告に対する同(2)所定の明渡義務の履行と引換とされた原告の被告に対する立退料支払義務は、被告が右明渡義務を履行しなかつたため発生せず、したがつて本件和解調書に基づく原告に対する強制執行は失当であるというのである。

しかしながら、右明渡義務履行の事実は民事訴訟法第五一八条第二項の「条件」に該るものというべきであり、したがつて、その条件不成就を理由としてその強制執行の不許を求める場合には、執行文付与に対する異議もしくは訴によつてこれを主張すべきである。

したがつて、原告の本訴請求は主張自体失当とすべきである。

二賃料請求について

1 請求原因2の(一)の事実は、被告において明らかにこれを争わないから、同事実を自白したものとみなす。また、抗弁の1の事実は当事者間に争いがない。

2 そこで、被告が本件和解調書所定の明渡期限昭和四七年九月三〇日までに本件建物の明渡をしたかどうかを判断する。

<証拠>によると、

(1) 被告は、訴外松井邁とその妻である被告代表取締役松井雪子が経営する食料品卸商で、右夫婦はその子らとともに本件建物に居住し、同所で右営業をしていたこと、

(2) 原告は、かつて被告と取引関係にあつたが、別紙目録の建物と同敷地との所有権を競落により取得し、その後、被告に本件建物を賃貸して来たところ、昭和四七年四月一〇日、本件和解が成立したこと(原審東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第七六八号事件)、そして、昭和四七年九月中旬ころ、被告側から原告に右原告所有となつた土地建物の譲受を申入れたが、原告の応ずるところでなかつたので、被告は本件建物から退去すべく、同月中に本件建物における前記営業をやめ、右松井夫婦ら家族は分散して転居先を見付け、被告側は同月三〇日中には本件建物から商品一切、家財道具等を右転居先等に搬出ずみであつたこと、そして、本件建物には、小型トラツク一台分位の廃品である長椅子、冷蔵庫等の物件を残置した程度の状態にして待機していたこと、

(3) そして、同夜、午後一二時ころ、原告を代理する弁護士訴外佐藤富造がほか一名を同行し、現金六〇万円を持参したうえ、本件建物に臨んだこと、

(4) ところで、別紙目録の建物は公道(歩道)に面した表側店先以外からは外部と出入できないところ、右歩道と右建物の敷地である原告の所有する土地との間には、右建物の間口一ぱいに、帯状の元国有地、東京都杉並区荻窪四丁目一七五番一三宅地8.49平方メートルが存在し、同地上には、右建物の間口一ぱいの幅で、高さ同建物二階表側窓の下端あたりまでの、道路に向けて、上半分は看板、下半分(ほぼ店舗出入口の高さ)は五本の鉄柱とその間に四枚の上下開閉式の金属板製蛇腹シヤツター、外に以上の背面の支柱からなる工作物が地面コンクリート敷に固着して設置され、かつ、前記佐藤弁護士臨場の際には、右シヤツたー四枚を閉鎖して鍵をかけたうえ、右シヤツター四枚の裏側全面に厚板をしつかりと張りつけるまでしていたこと、しかし、右工作物のシヤツターは右建物出入口店先用のシヤツター以外の効用はなく、また、右看板も右建物で営業する者以外の者が使用することは常識上考えられない体裁であり、右工作物は機能上、右建物と一体となつた、その付属物件ともいうべきものであること、

(5) そこで、前記佐藤弁護士は、右工作物の側端からシヤツターと本件建物との間の多少の間隙から本件建物内に入り、階下の状況を見ることは見たが、同弁護士と応待した前記松井邁の四男訴外松井満に対し、シヤツターを開き、本件建物の出入を可能とするよう求めたところ、前記工作物は本件建物とは別個の権利関係にあることを事由にその引渡を拒まれたので、結局本件建物の明渡義務の履行はないものと判断し、右松井満の立退料支払要求を拒絶して帰つたこと、

(6) ところで、前記元国有地は、昭和四四年三月二八日、前記松井邁が売払を受け、同年四月一五日所有権移転登記を経由したが、

①  その直後の同年四月一八日には、前記松井雪子の姉の子で千葉県山武郡成東町在住の訴外高橋正志が、原因同年三月二五日譲渡担保とする所有権移転登記を経由し、

②  続いて同年六月一六日には、右高橋正志の実兄で同郡九十九里町在住の訴外宮本真一が、原因同年三月二八日設定契約、目的広告塔設置とする地上権設定契約を経由し、

③  本件和解直後の昭和四七年八月五日には、前記松井満とその妹の夫で神戸市在住の訴外横川力の両名が、右地上権の賃借権設定登記を経由していること、

(7) 前記看板は設置以来現在に至るまで白地のままであり、全く使用されたことのないこと

(8) なお、本件和解に原告代理人として関与した前記佐藤弁護士は、当時の本件建物の現況は知つていたが、前記工作物は本件建物と一体をなすものと判断し、前記元国有地の介在すること、殊に前記①および②の登記の存在は知らされていなかつたこと

が認められ、<証拠判断省略>。

また、証人松井満の証言中、前記①ないし③の各登記の登記原因が存在するようにいう部分は到底信用の限りでなく、ほかに右登記原因を認めるに足りる証拠はない。

右認定事実ならびに右登記原因を認めるに足りる証拠のないことによれば、前記構造のような異常な工作物の設置ならびに前記国有地に関する前記①ないし③の登記上の異常な操作は、社会通念上、正当な行為としての合理的な根拠を見出すことは不可能であり、すでに昭和四四年ころより別紙目録の建物に対する担保権の実行ないし強制執行にそなえた一連の稀にみる悪質な執行妨害行為として、被告側(訴外松井満を含む。)において、訴外高橋正志、同宮本真一、同横川力らの協力を得て、これを計画し実行してきたものと推認するに難くなく、また、法律上は前記工作物は右建物の従物であると認めることができる。しかるに、被告側は本件建物と別個の権利関係にあるとしてその引渡を拒んだのであるから、被告主張の本件建物明渡義務の履行のなかつたことは明らかである。

したがつて、被告の抗弁は採用できない。

3  そして、前記請求原因事実によれば、被告は原告に対して原告主張の賃料相当損害金七万五〇〇〇円を支払うべき義務がある。

三よつて、原告の本訴請求中、賃料請求は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、民事訴訟法第九二条、第一九六条、第五六〇条、第五四八条を適用して、主文のとおり判決する。

(平田孝 古屋紘昭 荒井勉)

目録<略>

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